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真夜中の独りごと

今日は朝7時半から一日美山窯元祭りの準備。
テントを建てたり、会場作りをしたり久しぶりにいい汗をかきました。
美山も窯元さんや工房さんたちとお話も楽しかったです。

古くても新しくても技術の見える美しいものが好きです。
特に昔に作られたものは
現代では到底作れないような技術と手間とがかけられたものがたくさんありますね。
新しいものにはない、年月をかけることで現れる美しさもあります。

着物など伝統技術が後継者不足や新しい技術によって無くなってきています。
職人がいなくなって消えてしまう伝統工芸に対して惜しむ声はよく聞こえてきます。
効率の良い新しい染色や織りの技術で作られたものに比べて
当然、効率の悪い手間のかかる伝統技術は値段が高くなります。
伝統技術のものを購入する人がいないとその技術者は食べていけません。
後継者ももちろん生まれません。
本当に惜しい、残念だとは思うけれど利用価値がないと世間に判断されたのだから
資本主義の現代ではしょうがないことだと思います。
当たり前にあると思っていたものが、無くなると決まってから惜しむのではもう遅いのです。
人口が減って、大量に商品が流通している時代に、伝統技術が生き残るのはとても難しいことです。
購入して支える人がいない=存在価値がない
無くなるしかないのです。

ある人にとっては命に代えて守りたい宝石でも
ある人にとっては古い汚いゴミになってしまう。
例えば戦争にも免れて残ってくれた美しい建造物。

「なんて綺麗な建物なんでしょう。」
「今の時代まで大事に残して使ってくれてありがとう。」
「こんな伝統ある素敵な建物がある街に暮らせるなんて嬉しいです。」
そんな声が聞こえる建造物は持ち主も誇りに思って大事にするでしょう。
みんなが大事にしているものを簡単に壊すことはできません。
多くの人がその建物を好きでいてくれて、その建物が存在するおかげで会社の利益につながったら
その建物の価値も上がります。

そんなことも言ってもらえずに古く残ってしまった建造物だとしたら
社員を多く抱えている会社は
維持費がかかる、利益につながらないと判断されたらカットしてしまうでしょう。
それもしょうがないと思ってしまうのです。

いつもの当たり前をいつまでも存在すると思っていると
もしかしたら来月には無くなっているかもしれません。
お気に入りのカフェ、近くのスーパー、日本製の家電ブランド、

支えないと無くなります。
忘れられると無くなります。

記憶に残っているラジオCMで
どこかの先住民族に「他人に忘れられるとその人は存在しなくなる」という考え方があるそうです。
それをふっと思い出しました。
何事も忘れられる、関心を持たれなくなると消えて無くなってしまうんだろうな。

真夜中に悶々、つらつら。
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by fudan-kimono | 2016-11-02 01:35 | 毎日のこと
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